妊娠中にウィルスや細菌・寄生虫などに母体が感染すると、胎盤・血液を通じて母親から胎児に感染していまい、赤ちゃんが障害を抱えて生まれてくることがあります。
これを胎内感染・先天性感染と呼び、日本で許可の下りた治療薬・ワクチンが存在しません。
胎内感染・先天性感染を引き起こす細菌・寄生虫は以下のものが知られています。
- トキソプラズマ
- サイトメガロウィルス
- リスレリア菌
今回、トキソプラズマについてまとめさせていただきます
目次
トキソプラズマとは?

トキソプラズマは、ネコを終宿主とする人畜共通感染性の細胞内寄生性原虫であるトキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)です。
豚・鶏・牛・猫などの哺乳類や鳥類などの体内に寄生する原虫で、動物の体内・排泄物・土の中など存在します。
怖いものではなく、ごく普通にそこら中にいる原虫になります。
先天性トキソプラズマ症への感染

加熱処理の不十分な肉に生存するシスト・土やネコの糞に存在するオーシストが、経口的に初感染することによって妊婦に寄生虫血症が生じます。
眼瞼結膜からも感染しますが、空気感染・経皮感染はせず、母子感染以外のヒトからヒトへの感染はありません。
血行的に胎盤に感染・増殖し、胎児の脳などの実質臓器に波及し、母体感染から胎内感染の成立までは数ヶ月を有するとされています。
世界的に見ると全人類の1/3以上が感染していると言われています。
先天性トキソプラズマ症の症状

ほとんどの症例において母体は免疫能正常で無症状です。
免疫力が正常で健康であれば、トキソプラズマに感染しても症状が出ないか、首のリンパ節の腫れや発熱が出る程度で、治療の必要はなく完全に回復します。
しかし、女性が妊娠中に初めてトキソプラズマに感染し、母体を通じて胎児に感染すると、赤ちゃんが「先天性トキソプラズマ症」を発症する可能性があります。
割合でいうと、妊娠中の初感染の約30%が経胎盤感染し、そのうち20%に典型的な先天性トキソプラズマ症状を発症します。
妊娠中の症状としては以下のものが挙げられます。
- 胎内死亡
- 流産
- 網脈絡膜炎
- 小眼球症
- 水頭症
- 小頭症
- 脳内石灰化像
- 肝脾腫
しかし、出生時無症状であっても、成人になるまでに網脈絡膜炎や神経症状(てんかん様発作、痙攣など)を発症するリスクがあります。
トキソプラズマの垂直感染率は妊娠初期では最大25%くらいであるのに対して、妊娠末期では60〜70%と妊娠週数にともなって上昇します。
しかし重症感染の危険率は妊娠初期では約60〜70%に対して妊娠末期では約10%と妊娠初期の感染ほど重篤化すると報告されています。
トキソプラズマの抗体検査

先天性トキソプラズマ症の予防について1番大事なことは、トキソプラズマ初感染の有無を知ることです。
抗トキソプラズマ抗体を測定し、4~8倍以上の抗体価上昇・陽性化が認められれば初感染であると診断します。
妊婦の抗体検査(IHA法、LA法など)・IgM抗体検査(ELISA法など)・IgGアビディティ検査などで、胎児の感染リスクを評価します。
通常の妊婦検診ではトキソプラズマの抗体検査はできませんので、別で検査を依頼する必要があります。
トキソプラズマに感染しないように気をつけること

トキソプラズマに感染しないようには、以下の対策が必要になります。
- 適切な加熱処理・凍結処理
- 汚染されている土を避ける
- 飼育猫の糞は触らない
注意が必要なのは、エタノール・次亜塩素酸などの消毒剤が無効であることです。
適切な加熱処理・凍結処理
肉に含まれたトキソプラズマは、中心まで67℃以上に加熱・ー12℃以下に凍結しないと死滅しません。
加熱不十分なものはもちろん、ローストビーフ・生ハム・馬刺し・ユッケなどは避けなければいけません。
電子レンジの場合は、内部温度を十分に上げきれない可能性があるので注意が必要です。
調理の際は、調理器具をできるだけ野菜用・生肉用に分けて使い、しっかり洗浄して清潔に保つ必要があります。
乳製品の場合も、殺菌されていないミルク・ナチュラルチーズ・ソフトチーズなども避けなければなりません。
汚染されている土を避ける
感染した野良猫によって、畑・庭・公園の土が汚染されているかもしれません。
どうしても土をいじる場合は、手袋を装着して、作業後には十分な手洗いをしましょう。
気をつけなければいけないのは、野菜についてる土です。
野菜・果物の外皮をしっかり洗浄してから、調理をしなくてはなりません。
飼育猫の糞は触らない
猫を飼育している場合は、ネコ用トイレの掃除は他の家族の人にやってもらいましょう。
初感染して数週間以内の状態が1番危険ですので、飼い猫は外に出さないように気をつける必要があり、妊娠中に新たに猫を飼い始めるのは避けるべきだと思われます。
まとめ
胎内感染症・先天性感染症から先天性トキソプラズマ症についてまとめさせていただきました。
母子ともに危険を伴う症状もありますので、しっかり対策を実施して、安全なお産に努めなければなりません。
そのための知識の参考になれば幸いです。
参考文献
- Benenson, M.W., Takafuji, E.T., Lemon, S.M., Greenup, R.L., Sulzer, A.J.: Oocyst-transmitted toxoplasmosis associated with ingestion of contaminated water. New Engl. J. Med. 307
- Berrébi A, et al.;Long-term outcome of children with congenital toxoplasmosis.;Am J Obstet Gynecol.;2010
- Bowie, W.R., King, A.S., Werker, D.H., Isaac-Renton, J.L., Bell, A., Eng, S.B., Marion, S.A.: Outbreak of toxoplasmosis associated with municipal drinking water. Lancet 350
- Cook AJC, et.al.;Sources of toxoplasma infection in pregnant women:European multicentre case-control study. European Research Network on Congenital Toxoplasmosis.;BMJ. 2000 ;15;321(7254)1
- Dunn D,et al.;Mother-to-child transmission of toxoplasmosis: risk estimates for clinical counselling.;Lancet. 1999 May 29;353
- Dubey, J.P.: The history and life cycle of Toxoplasma gondii. in: Toxoplasma gondii (Weiss, L.M. and Kim, K. ed.) , Academic Press, 2007
- Dubey, J.P., Kotula, A.W., Sharar, A., Andrews, C.D., Lindsay, D.S.: Effect of high temperature on infectivity of Toxoplasma gondii tissue cysts in pork. J. Parasitol. 76
- Foulon, W, et al. ;Treatment of toxoplasmosis during pregnancy;Am J Obstet Gynecol ;1999 ;180(2 Pt 1)
- Frenkel, J.K., Dubey, J.P.: Effects of freezing on the viability of toxoplasma oocysts. J. Parasitol. 59: 587-588, 1973
- Gay-Andrieu , et al. ;Fetal toxoplasmosis and negative amniocentesis:necessity of an ultrasound follow-up.Prenat Diagn.; 2003 ;23(7)
- Heukelbach, J., Meyer-Cirkel, V., Moura, R.C., Gomide, M., Queiroz, J.A., Saweljew, P., Liesenfeld, O.: Waterborne toxoplasmosis, northeastern Brazil. Emerg. Infect. Dis. 13
- Kotula, A.W., Dubey, J.P., Sharar, A.K., Andrews, C.D., Shen, S.K., Lindsay, D.S.: Effect of freezing on infectivity of Toxoplasma gondii tissue cysts in pork. J. Food Protection 54
- Montoya, J.G., Liesenfeld, O.: Toxoplasmosis. Lancet 363
- Lunden, A., Uggla, A.: Infectivity of Toxoplasma gondii in mutton following curing, smoking, freezing or microwave cooking. Int. J. Food Microbiol. 15
- 喜屋武尚子、松原立真、永宗喜三郎:トキソプラズマ症と沖縄県におけるトキソプラズマの流行状況について
- 日本産婦人科学会 産婦人科診療ガイドラインー産科編2014
- 丸山有子;妊婦のトキソプラズマ感染;周産期診療指針 2010 産科編







